だけど、『ゼーガ』が「死」を美化せず、ブレーキを踏み込めたのは、セルアニメだったからだと思う。
それはアニメの限界ではなく、特性なんですよ。セルアニメの質感というのは、希望を提示するのに向いている。というか、希望しか描けない気がする。だから、『ゼーガ』のラストは「光でいっぱい」で、正解だったと思う。
ついでに言うと、『メガゾーン23』のラストも、主人公がボコられて終わりなんだけど、悲しくはない。それは演出効果だけじゃなくて、人が手で描いたものって、結局は体温を帯びてしまうということ。あの無人の渋谷の街は、暖かいもの。
さらに余談だけど、河森正治さんが「アニメでは貧困は描けない」と悩んでいたのも、セルの質感のせいだと思うんだよな。
それはアニメの限界ではなく、特性なんですよ。セルアニメの質感というのは、希望を提示するのに向いている。というか、希望しか描けない気がする。だから、『ゼーガ』のラストは「光でいっぱい」で、正解だったと思う。
ついでに言うと、『メガゾーン23』のラストも、主人公がボコられて終わりなんだけど、悲しくはない。それは演出効果だけじゃなくて、人が手で描いたものって、結局は体温を帯びてしまうということ。あの無人の渋谷の街は、暖かいもの。
さらに余談だけど、河森正治さんが「アニメでは貧困は描けない」と悩んでいたのも、セルの質感のせいだと思うんだよな。
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| — | ■読解力■: 550 miles to the Future (via ginzuna) |